名古屋地方裁判所 昭和27年(ワ)544号 判決
原告 鈴木正康
被告 伊藤忠弘
一、主 文
被告は津島市大字津島字良王六十九番田七畝十三歩、同市大字津島字良王七十一番田四畝一歩の農地につき愛知県知事に対し之が原告への所有権移転の許可申請手続をなすべし。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、其の請求原因として主文第一項記載の農地(現況は畑)は元訴外富永新吾の所有に属し、昭和二十一年十月被告が同訴外人から買うけてその所有権を取得したものなるところ原告は同二十五年五月二十一日右農地を被告からその代理人若山鎌三郎を通じて代金二十五万八千円で買受け、契約成立と同時に内金として金十四万一千二百八十円を支払い残金は所有権移転登記をすると同時に支払うことを約した。しかして本件土地は農地であるからその売買については知事の許可をうけなければならないゆえ右売買契約に際しては特に被告は知事の許可をうけるについて協力することを約諾した。しかるに被告は地価騰貴のため売買契約の効力を云為して本件農地の所有権移転許可申請手続をしてくれないので右特約に基いて、該手続をなすべきことを求めるため本訴請求に及ぶと述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告は初め被告に対し主文第一項記載の農地につき離作の承諾をなすべきことを求め、後に被告に対し本件農地の所有権移転の許可申請手続をなすべきことを求めるのは請求の基礎に変更ある請求の変更であるから許されない。と述べ
請求変更後の請求原因に対する答弁として左のとおり述べた。
主文第一項記載の農地が被告の所有であること、右農地につき原告主張の日時に原被告間において代金二十五万八千円で売買契約が成立したこと、原告主張の金員を一旦うけとつたこと(但しこれは手附金であつて、第一回金四万一千二百八十円、第二回金五万円、第三回金五万円と三回に分けて受領したものであり後記のとおり返還ずみである)並に本件農地は知事の許可さえあれば売買が可能である土地であることはいずれも之を認める。しかしながら右知事の許可は売買契約締結の前にこれを受けることを要するものであるにかかわらず本件においては契約成立の前に知事の許可を受けていないから本件売買契約は無効といわなければならない。このことは農地調整法第四条の規定に違反した者は二年以下の懲役又は一万円以下の罰金に処する旨の同法第十七条の四の処罰規定の存することによつてもまことに明白である。そこで被告は同二十五年九月上旬前記受領にかかる手附金の内金五万円を返還すると同時に原告に対し本件農地の売買は法規を無視する違法行為なれば之を解消せられたい旨を口頭を以て申入れ続いて同二十六年十月三十一日内容証明郵便を以て右売買契約の無効なることを通知しかつ同年十一月七日手附金の残り金九万一千二百八十円を名古屋法務局津島出張所へ供託して返還の手続を執つた次第である。なお原被告間で知事の許可を受ける約定があつたことは否認する。よつて原告の請求は失当であるから速に棄却せらるべきである。<立証省略>
三、理 由
まず請求の変更に対する異議につき按ずるに請求の変更の前後を通じその請求の基礎は原告において本件農地につき権利を取得しその利用を享受せしめよというにあること原告主張自体から明白であるから請求の基礎にはなんら変更がないものとみるべく請求の変更は不当でない。
さて本件農地が被告の所有に属するものなることは当事者間に争がないがこれは元、訴外富永新吾が所有していたのを昭和二十一年十月、被告が同訴外人から外一筆(田三畝十歩)と併せて代金一千三百三十二円を以て買いうけその所有権を取得したものであることが成立に争のない甲第一号証によつて明である。
このようにして被告の所有になつた本件農地につき昭和二十五年五月二十一日原被告間において代金を二十五万八千円と定めて売買契約を結んだこと及び被告は原告から右代金の内、金十四万千二百八十円を一旦うけとつたことは当事者間に争がなく成立に争のない甲第二号乃至第四号証によると被告は右契約成立当日金四万一千二百八十円を、同年七月三日金五万円を、同月十五日金五万円をうけとつていることが認められる。
そして証人若山鎌三郎、同鈴木友一、原告本人鈴木正康の各訊問の結果及び成立に争のない乙第三号証を綜合すると、被告はその所有にかかる本件農地を処分して金員を獲得することをかねて知合の農業を営む訴外若山鎌三郎に依頼したので右若山は被告から与えられた代理権に基き、之が買主を物色し原告に交渉して前記のとおり売買契約を結ぶに至つたのであるが当時本件土地は農地である関係上原被告も右若山もすべてその移動については統制があることを諒知していたので右売買契約締結に際して右若山は原告に対しあらゆる方法を執つて本件農地を原告に引渡すことを約束した事実を認めることができる。
被告本人伊藤忠弘の訊問の結果中認定に反する部分は信用しない。他に右認定を左右するに足る証拠は少しもない。
してみると、
本件農地の移動統制とはひつきよう知事の許可に外ならないのであるから被告は原告に対して特に知事の許可を受けるについて協力することを約諾したものと解するを相当とする。仮りにかかる特約なかりしものとするも売買契約が成立した以上原告の所有権の行使を完全ならしめるため被告は右のような協力をなすべき義務を契約上当然に負担したものと解するを相当とする。
被告は知事の許可は売買契約成立の前に受けることを要するにかかわらず本件においてはそれがなされていないから本件売買契約は無効であると抗弁する。
しかし知事の許可を受けたときは、そのときから当該の売買契約が効力を生ずると解すべきであつて当時施行の農地調整法第四条第一項及び第五項(現在施行の農地法第三条第一項及び第四項)はこの趣旨を表わしたものというべくこの規定を被告主張のごとく解するのは当を得ないものである。被告主張の罰則のごときも真に農地の移動統制をくぐる目的で移動の行われた場合にその適用をみるのであつて売買契約締結前に知事の許可をうけなかつたからといつてそれだけで罰則の適用があると解することはとうてい出来ない。
従つて被告の抗弁は採用に値しない。
次に被告は原告に対し昭和二十五年九月上旬前記受領にかかる金員の一部を返還して本件売買契約を解消する旨を申入れ、こえて昭和二十六年十月末、右売買契約の無効なる旨を通知し受領金の残りを供託したというが被告が一方的にかかる措置を執つたからといつて本件売買契約成立の事実になんらの影響を与えるものでない。
以上みたところからして被告は原告に対して本件売買契約上本件農地の所有権移転について愛知県知事に対しその許可申請手続をなすべき義務を負うものといわなければならないからその義務の履行を求める原告の本訴請求は正当である。
よつて原告の請求を認容し民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 白木伸)